「焼肉のたれだけで生き延びた」は嘘。六甲山遭難から24日後、なぜ彼は生きて発見されたのか? ChatGPTと一緒に考えてみる
「遭難した男性が、焼肉のたれだけで20日以上生き延びた」
そんな話を聞いたことがあります。
でも実際には、焼肉のたれで生き延びたわけではなかったようです。
では、なぜ遭難から24日後に生きて発見されたのか。ChatGPTと話しながら考えてみました。
そもそも、どんな遭難だったのか
私:
前に、「遭難して焼肉のたれだけで20日以上生きてた」みたいな話を見たんやけど、そもそもそれ知ってる?
AI:
おそらく、2006年に六甲山で起きた遭難事故のことです。
当時、「焼肉のたれで生き延びた」と話題になりましたが、後に本人が焼肉のたれは塩辛くて食べられなかった趣旨の話をしており、実際には焼肉のたれで生き延びたわけではないとされています。
私:
そうそう。焼肉のたれで20日生き延びれるん!?って一瞬信じちゃったけど、嘘やったんだってねw
しかし、その人ってどういう経緯で遭難したんだっけ?
AI:
2006年10月7日、当時35歳のAさんは、同僚たちと神戸・六甲山にバーベキューへ行きました。
帰りに同僚たちはケーブルカーで下山しましたが、Aさんは一人で歩いて下山しようとしました。
私:
それで道に迷った?
AI:
はい。
途中で道に迷い、転倒または滑落して骨盤を骨折したとされています。
そのため歩けなくなりました。
私:
7日に転んだ、9日に意識不明、からの31日に発見されたとか聞いたよ。
AI:
かなりざっくり言うと、そういう流れです。
10月7日に遭難し、10月31日に発見されたので、およそ24日後です。
発見時には、深部体温、つまり体の中心部の温度が約22℃まで下がっていたとされています。
時系列で見ると
日付
出来事
2006年10月7日
六甲山で遭難。転倒・滑落し、骨盤を骨折したとされる
10月9日ごろ
本人の記憶が途切れ、意識を失ったとみられる
10月31日
約24日後に発見
発見時
深部体温、つまり体の中心部の温度が約22℃
私:
22℃!?
よく生きとったな。
AI:
はい。
普段、私たちがわきの下などで測る体温は、体の表面に近い温度です。
一方で深部体温は、脳や心臓など重要な臓器に近い、体の内部の温度を指します。
つまり、表面が冷えていただけではなく、体の中心部までかなり冷えていたということです。
普通なら命が助からなくてもおかしくないレベルです。
私:
普段の体温が36℃くらいの人なら、深部体温はどれくらいなん?
AI:
測る場所によって差はありますが、わきの下で36.0℃くらいなら、体の中心部に近い温度は36℃台後半、場合によっては37℃近くと考えるとイメージしやすいです。
一般に、わきの下で測る体温は、口の中や直腸で測る温度より低めに出ます。
私:
じゃあ、深部体温22℃って、「ちょっと低い」とかいうレベルじゃないんやな。
AI:
そうです。
普段の体温より少し低いのではなく、体の中心部まで極端に冷え切っていた状態です。
じゃあ、なんで生きていたのか
私:
焼肉のたれで生きてたわけじゃない。
しかも24日後に発見。
じゃあ逆に、なんで生きてたん?ってのが気になる。
AI:
考えられる大きな理由は、極度の低体温によって代謝が著しく低下したことです。
私:
代謝が低下したから生きてた?
どういうこと?
AI:
人間の体は、普通に起きて動いているだけでも、脳・心臓・呼吸・筋肉などでエネルギーを使っています。
でも体温が大きく下がると、体の働き全体が鈍くなります。
その結果、酸素やエネルギーの消費量も減ります。
私:
体が省エネになるってこと?
AI:
そうです。
かなり乱暴に言えば、スマホでいう低電力モードのようなものです。
画面も暗くなり、動作も遅くなり、いろいろな機能を抑えてバッテリー消費を減らす。
人体でも、低体温になると心拍、呼吸、脳の活動などが落ちて、消費エネルギーが少なくなることがあります。
私:
へえ。
じゃあ低体温になったから助かったってこと?
AI:
そこは少し注意が必要です。
低体温は本来、とても危険です。
心停止や危険な不整脈につながることもあります。
なので「低体温になったから助かった」というより、普通なら死んでもおかしくない低体温状態だったのに、結果的に体の消費が極端に落ちたことで、生き延びる方向に働いた可能性があるという感じです。
私:
なるほど…。低体温で死にかけたけど、その低体温のおかげで助かったとも言えるって感じか。
AI:
かなり近いですが、少しだけ言い方に注意が必要です。
低体温そのものは本来、命に関わる危険な状態です。
ただ、この事例では、体温が極端に下がったことで代謝や酸素消費が落ち、結果的に脳や臓器の消耗を抑えた可能性があります。
つまり、低体温で死にかけていたのに、その低体温による“超省エネ状態”が、偶然にも生存に有利に働いたかもしれない、という感じです。
私:
「低体温だから助かった」じゃなくて、「低体温で危なかったけど、その副作用みたいに消費が落ちたのが助けになったかも」ってことか。
AI:
そうです。
そのくらいの理解が一番近いと思います。
深部体温22℃ってどれくらいヤバいのか
私:
そもそも体温って何度になったら死ぬん?
AI:
一般的には、深部体温が35℃未満で低体温症です。
32℃を下回るとかなり危険になり、28℃未満は重度低体温とされます。
発見時の深部体温22℃は、普通なら命が助からなくてもおかしくないレベルです。
私:
22℃って、やっぱり相当ヤバいんやな。
AI:
はい。
これは外気温ではなく、体の中の温度です。
脈や呼吸がかなり弱くなり、意識もなく、心停止してもおかしくない状態です。
私:
じゃあ、体温36℃と、体温22℃では、代謝はどれくらい違うん?
AI:
目安として、体温が1℃下がるごとに代謝が6〜10%ほど下がると説明されることがあります。
36℃から22℃だと14℃低下しているので、単純計算では通常時の2〜4割程度まで代謝が落ちていた可能性があります。
「1℃ごとに10%低下」が分かりにくい
私:
ちょっと待って。
1℃ごとに10%低下するなら、14℃下がったら140%低下になるんじゃないん?
でもそんなわけないし、そこが分からん。
AI:
そこは「10%ずつ減る」の意味がポイントです。
毎回、最初の100から10ずつ引くわけではありません。
その時点で残っている量から10%減るという意味です。
私:
どういうこと?
AI:
最初の代謝を100とします。
36℃:100
↓ 1℃下がるごとに「残り」から10%減る
35℃:90
↓
34℃:81
↓
33℃:72.9
↓
……
22℃:約23
つまり、毎回「元の100から10ずつ減る」のではなく、「残った分から10%ずつ減る」イメージです。
私:
あー、100から10、10、10って引いていくんじゃないんか。
AI:
そうです。
もし毎回100から10ずつ引くなら、10℃下がった時点で0になってしまいます。
でも実際は、割合で減っていくので0にはなりません。
私:
貯金が毎年10%減るみたいな感じ?
AI:
それが分かりやすいです。
100万円が毎年10%減るとしても、1年目は90万円、2年目は81万円、3年目は72万9000円です。
10年たっても、0円にはならず、少しずつ減っていきます。
私:
なるほど。
じゃあ36℃から22℃まで体温が14℃下がったら?
AI:
1℃ごとに10%低下すると仮定すると、100 × 0.9を14回かける計算になります。
すると、だいたい23%くらいになります。
私:
つまり、普通の体なら100使ってたエネルギーが、深部体温22℃では23くらいしか使ってなかったかもしれんってこと?
AI:
はい。
かなり単純化した計算ですが、そのイメージです。
体が通常の4分の1くらいの燃費になっていた可能性があります。
私:
それなら、飲まず食わずでも生き延びた理由の一つになっちゃうかもしれんのか。
AI:
そうです。
もちろんそれだけで全部説明できるわけではありませんが、重要な要因だったと考えられます。
水なしで人は何日くらい生きられるのか
私:
そもそも、水って何日くらい飲まなかったら死ぬん?
AI:
一般的には、水なしでは数日程度が限界とされます。
よく言われる目安では3日ほど、条件によってはもう少し長く生きる場合もありますが、暑さ、運動、発汗、体調によって大きく変わります。
私:
食べ物なしより、水なしの方がヤバいんやな。
AI:
はい。
食べ物なしなら、体の脂肪や筋肉をエネルギーにして数週間耐える例もあります。
でも水分がないと、血液の循環、体温調節、腎臓の働きなどが保てなくなります。
数日で脱水が進み、重症化すると臓器の働きにも影響します。
私:
じゃあ、24日ほぼ飲まず食わずって、やっぱり普通じゃないんやな。
AI:
かなり異例です。
ただし、ここも言い方には注意が必要です。
Aさんが本当に一滴も水を飲んでいなかったかは断定できません。
報道では、遭難2日目前後から記憶がなく、救助まで意識がなかったとされています。
なので、「完全に水分ゼロ」と言い切るより、ほぼ飲まず食わずとされる状態で24日後に発見されたと書く方が安全です。
私:
なるほど。
沢の水とか雨水を飲んだ可能性はゼロとは言えんけど、少なくとも本人が意識的に飲んで生き延びたって話ではないわけか。
AI:
そうです。
だからこの事例の異常さは、焼肉のたれではなく、通常なら数日で危険になる水分不足を、極度の低体温と低代謝状態がどこまで遅らせたのかという点にあります。
六甲山の遭難当時、気温はどれくらいだったのか
私:
ところでさ、発見時の深部体温が22℃だったって話やけど、そもそも六甲山の当時の気温ってどれくらいやったん?
AI:
そこは少し注意が必要です。
Aさんが倒れていた正確な場所の気温は分かりません。
ただ、神戸市街地の気象データや報道から、ある程度の目安は考えられます。
私:
神戸の気温そのままじゃダメなん?
AI:
そのまま当てはめるのは危険です。
神戸市街地と六甲山中では標高が違うので、山の方が数℃低くなります。
一般に、標高が100m上がると気温は約0.6℃下がるとされます。
私:
じゃあ、神戸市街地の最低気温が15℃くらいの日でも、山の中ならもっと低い?
AI:
はい。
仮に市街地より500m高い場所なら約3℃低く、800m高ければ約5℃低い計算になります。
つまり、神戸市街地の気温が15℃なら、六甲山中の気温は10〜12℃くらいになっていても不思議ではありません。
私:
なるほど。
報道では、山の気温が10℃くらいまで下がったとも言われてたんだっけ?
AI:
はい。
報道では、山中の気温が低い時で10℃程度まで下がったとされています。
ただし、これは外の気温の話です。
発見時の「22℃」はAさんの深部体温なので、ここは混同しない方がいいです。
私:
あ、そうか。
10℃は外の気温。
22℃は体の中の温度ってことか。
AI:
そうです。
整理すると、
外気温は10℃台まで下がった可能性がある。
発見時の深部体温は約22℃だった。
という話です。
10℃台の気温でも低体温になるのか
私:
でもさ、外の気温が10℃台って、寒いけど即死する寒さではないやん。
低体温って、0℃とか雪山でなるイメージなんやけど。
AI:
実は、外気温が10℃台でも条件が悪ければ低体温症になります。
低体温は「氷点下だから起きる」というより、体が作る熱よりも、奪われる熱の方が多くなった時に起こります。
私:
気温10℃台でもそんなことあるん?
AI:
あります。
特に、雨で濡れる、風が強い、疲れている、食べていない、動けない、長時間さらされる、こういう条件が重なると危険です。
私:
そういう事例ってあるん?
AI:
有名なのが、2009年に北海道の大雪山系で起きたトムラウシ山遭難事故です。
夏山登山でしたが、外気温は一桁台、そこに雨、強風、疲労が重なり、登山者が次々に低体温症になりました。
「夏山でも、濡れ・風・疲労が重なると低体温症で命を落とす」という代表的な事例として知られています。
私:
なるほど。
でもトムラウシはまだ分かるんよ。
夏とはいえ、外気温が一桁台で、雨で濡れて、強風やろ?
そりゃ低体温になるわって感じ。
AI:
そうですね。
トムラウシの場合は、低体温症になる条件がかなり分かりやすいです。
私:
でも六甲山のAさんは謎じゃない?
外気温は10℃台くらいで、日中は20℃前後の日もあったかもしれない。
雨も降っていたとして小雨程度かもしれない。
それで深部体温が22℃まで下がるんか?って思うんやけど。
AI:
そこは確かに不思議な点です。
六甲山の事例は、トムラウシのように「外気温が一桁台・強風・ずぶ濡れ」とはっきり分かっているケースとは違います。
だからこそ、単純に「寒かったから」で片づけにくい事例です。
私:
じゃあ何が大きかったんやろ?
AI:
大きかったと考えられるのは、骨盤骨折で動けなかったこと、食べられなかったこと、夜間の冷えを何度も受けたことです。
さらに、谷や沢沿い、日陰、湿った地面、風、濡れの可能性などが重なれば、外気温の数字以上に体は冷えやすくなります。
私:
つまり、六甲山の謎は「外気温がめちゃくちゃ低かったから一気に凍えた」じゃなくて、「そこまで極寒ではない環境でも、動けない・食べてない・夜を越す・山中で冷える、でじわじわ深部体温が下がったかもしれん」ってことか。
AI:
その理解が一番自然です。
そして、そこがこの事例の異様なところでもあります。
寝たきり・絶食で体温は下がるのか
私:
寝たきりとか絶食の人が体温低くなるっていうのは、データとかあるわけ?
AI:
あります。
特に絶食では、エネルギー消費が下がったり、体温が下がったりすることが研究で報告されています。
私:
食べないと体温下がるん?
AI:
はい。
体は食べ物からエネルギーを作り、その一部を熱として使っています。
食べられない状態が続くと、体は消費を抑えようとします。
その結果、代謝が落ち、熱を作る力も弱くなります。
私:
じゃあ寝たきりは?
AI:
動けないと、筋肉を使って熱を作ることが難しくなります。
寒い時に人間は震えたり、体を動かしたりして熱を作りますが、骨折などで動けないとそれができません。
私:
つまり、食べてないから熱の材料がない。
動けないから熱を作れない。
その状態で夜の山にいたら、じわじわ冷えるってことか。
AI:
そういう見方が自然です。
ただし、絶食や寝たきりだけで必ず重度低体温になるわけではありません。
山中の気温、風、地面、濡れ、体力消耗などが重なった結果と考える方が安全です。
脈40でも「健康な徐脈」とは違う
私:
深部体温22℃だったら、脈とかどんくらいだったんかね?
超絶徐脈?
AI:
かなりの徐脈だったと考えられます。
報道などでは、脈はかすかで、心拍数は40〜50回/分程度だったと紹介されることがあります。
私:
40回って聞くと、アスリートでありそうやんって思うんやけど。
それでも次元が違うん?
AI:
違います。
同じ「心拍40」でも、体の状態がまったく違います。
私:
いや、そこが分からん。
40は40やん。
40〜50ってそんなにヤバく見えん。
AI:
たしかに数字だけ見るとそう見えます。
でも大事なのは、その40回の心拍で、体がちゃんと生きて動ける状態なのかです。
健康な徐脈の人は、体温が普通で、意識もはっきりしていて、血圧も保たれています。
脈が40でも、体に血液を送れていて、本人も普通に会話できたり歩けたりします。
私:
つまり、脈は少ないけど、ちゃんと働いてる40回ってこと?
AI:
そうです。
1回1回の心拍がしっかりしていて、体に必要な血液を送れています。
しかも運動すれば、心拍数を上げることもできます。
私:
あー、必要になったら上げられるんか。
AI:
はい。
たとえるなら、健康な徐脈は、車がアイドリングしている状態です。
止まっている時はエンジンの回転数が低いけど、アクセルを踏めばちゃんと走れます。
余裕があるから低くても大丈夫、という感じです。
私:
それなら分かる。
アスリートの脈40は、低いけど余裕がある40なんやな。
AI:
そうです。
私:
じゃあ、深部体温22℃の低体温状態での心拍40は?
AI:
こちらは、余裕があって低いのではありません。
体が冷え切って、心臓の働きも落ちて、本当はもっと動かなければいけないのに動けない40です。
私:
同じ40でも、「余裕の40」と「限界の40」があるってことか。
AI:
そうです。
健康な徐脈は、低くても体を保てている40。
低体温の徐脈は、心臓が冷えて弱って、かろうじて動いている40です。
他にも低体温で生き延びた人はいるのか
私:
他にそういう状態で生き延びた人っているん?
AI:
低体温で「死んだような状態」から生還した事例はあります。
有名なのが、ノルウェーのアンナ・ボーゲンホルムさんです。
私:
そのアンナさんって、どんな事例?
AI:
1999年、スキー中に転倒して、氷の張った小川の下に閉じ込められました。
氷水の中にいた時間は約80分です。
最初の約40分は氷の下の空気だまりで意識があったとされますが、その後、循環停止に近い状態になりました。
救助されて病院に運ばれた時の深部体温は13.7℃でした。
その後、体外循環などで復温され、最終的に回復しました。
私:
13.7℃!?
それ本当なん!?
ソースがWikipediaだけやと、いい加減なこと書いてある時あるし。
AI:
その疑い方は正しいです。
ただ、アンナさんの事例は医学論文でも扱われている有名な症例です。
低体温症・蘇生に関する医学論文でも言及されています。
ネットの都市伝説ではなく、救急医学や低体温症の文脈で引用される実在の事例と見てよいです。
私:
でも、六甲山の人とはだいぶ違うな。
アンナさんは氷水で短時間に一気に冷えた感じやろ?
AI:
そうです。
アンナさんは、氷水に閉じ込められて短時間で急激に低体温になり、その後すぐ高度な医療につながった事例です。
一方、六甲山のAさんは、24日後に発見されています。
私:
アンナさんの方は、後遺症とかなかったん?
AI:
完全に無傷ではありません。
一時は首から下が麻痺したような状態になり、腎臓や消化器にも問題がありました。
その後リハビリを経て仕事に戻ったとされています。
ただし、重い脳障害は残らなかったとされています。
私:
脳が無事だったのがすごいんやな。
AI:
そうです。
低体温によって脳の酸素消費量が下がり、脳が守られた可能性があります。
ただし、手足の神経症状などは残ったとされます。
六甲山の人は何が特殊なのか
私:
じゃあ、六甲山のAさんの方は後遺症残ったん?
AI:
報道や後追い記事を見る限り、大きな後遺症はほとんど残らず、職場復帰したとされています。
ただし、発見時はかなり危険な状態で、一時は心肺停止にもなっています。
私:
マジかあ。
じゃあ、低体温になって短時間で生還した人はいるけど、20日以上飲まず食わずで生き残ったパターンっていうのは、ほかにいないん?
AI:
そこが六甲山の事例のかなり異様なところです。
低体温から蘇生した例はあります。
長期間遭難して生き延びた例もあります。
ただし、多くの場合は雨水を飲んでいたり、魚や植物、非常食など、何らかの水分や栄養を摂っています。
私:
完全に何もなしで20日以上は普通無理?
AI:
普通はかなり難しいです。
食べ物なしはある程度耐えられる場合がありますが、水分なしは特に危険です。
六甲山の事例は、24日間ほぼ飲まず食わずで、しかも深部体温22℃という状態から生還しているので、非常に特殊です。
私:
つまり、低体温で助かった人はいる。
長期遭難で助かった人もいる。
でも「20日以上ほぼ飲まず食わず+深部体温22℃+後遺症ほぼなし」は相当珍しいってこと?
AI:
はい。
その組み合わせがかなり異例です。
最終的な整理
私:
話戻って、代謝が著しく低下して低体温になったから生きてたんでは、という結論でOK?だっけ?
AI:
順番としては、
低体温になったから代謝が著しく低下した
です。
私:
あ、逆か。
低体温になった結果、代謝が落ちたんか。
AI:
はい。
大筋では、
低体温によって代謝が極端に下がり、酸素・エネルギー・水分の消費が抑えられた。そのため、普通なら助からない期間を生き延びた可能性がある
という理解でよいです。
私:
でも、低体温になれば助かるって話ではないんよね。
AI:
そうです。
低体温は本来、非常に危険な状態です。
心停止や致死的不整脈につながることもあります。
この事例は、低体温で死にかけていたにもかかわらず、結果的に代謝低下が生存に有利に働いたかもしれない、かなり例外的なケースです。
私:
じゃあ、焼肉のたれ伝説より、本当にヤバいのは人体の方だったってことか。
AI:
そうです。
「焼肉のたれで20日生きた」は誤解ですが、
24日間ほぼ飲まず食わずで、深部体温22℃の低体温状態から生還した
という本当の話の方が、むしろ異常です。
まとめ
「焼肉のたれで生き延びた」という話は誤解でした。
しかし、本当に不思議なのはそこではありません。
24日間ほぼ飲まず食わずとされる状態で、深部体温が約22℃まで下がりながら、生きて発見されたことです。
低体温は本来とても危険な状態です。
ただ、この事例では、体温低下によって代謝や酸素消費が極端に下がり、結果的に脳や臓器の消耗を抑えた可能性があります。
もちろん、低体温になれば助かるという話ではありません。
むしろ、普通なら命が助からなくてもおかしくない状態です。
だからこそ、この六甲山の遭難事故は、焼肉のたれ伝説よりも、本当の出来事の方がずっと異様だったのだと思います。
参考資料
六甲山遭難事故
The Guardian “Injured hiker survived 24 days on mountain by ‘hibernating’”
https://www.theguardian.com/world/2006/dec/21/japan.topstories3
Mail & Guardian “Hiker survived 24 days on mountain by ‘hibernating’”
https://mg.co.za/article/2006-12-21-hiker-survived-24-days-on-mountain-by-hibernating/
体温・深部体温
Temperature - Clinical Methods - NCBI Bookshelf
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK331/
Body temperature norms: MedlinePlus Medical Encyclopedia
https://medlineplus.gov/ency/article/001982.htm
Temperature measurement: MedlinePlus Medical Encyclopedia
https://medlineplus.gov/ency/article/003400.htm
低体温症・代謝
Paal P, et al. “Accidental Hypothermia: 2021 Update”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8744717/
Paal P, et al. “Accidental hypothermia–an update”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5025630/
Savioli G, et al. “Hypothermia: Beyond the Narrative Review…”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10745126/
Bjertnæs LJ, et al. “Physiological Changes in Subjects Exposed to Accidental Hypothermia”
https://www.frontiersin.org/journals/medicine/articles/10.3389/fmed.2022.824395/full
StatPearls “Hypothermia”
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK545239/
10℃台でも低体温になるか・山岳事故
NSW Health “Hypothermia”
https://www.health.nsw.gov.au/environment/factsheets/Pages/hypothermia.aspx
US Forest Service “Hypothermia”
https://www.fs.usda.gov/visit/know-before-you-go/hypothermia
HokkaidoWilds “The Mt. Tomuraushi Incident”
https://hokkaidowilds.org/the-mt-tomuraushi-incident
気象データ・標高差
気象庁 過去の気象データ検索:神戸 2006年10月
https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/monthly_s1.php?prec_no=63&block_no=47770&year=2006&month=10&day=&view=a2
気象庁 過去の気象データ検索:神戸 2006年10月 日ごとの値
https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/daily_s1.php?prec_no=63&block_no=47770&year=2006&month=10&day=&view=a2
神戸市資料:標高差による気温補正の考え方
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/7858/142m.pdf
水分・絶食
MedicalNewsToday “How long can you live without water?”
https://www.medicalnewstoday.com/articles/325174
Mayo Clinic “Dehydration - Symptoms & causes”
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/dehydration/symptoms-causes/syc-20354086
Vinales KL, et al. “Core body temperature, energy expenditure, and epinephrine during fasting…”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6446552/
Soeters MR, et al. “Metabolic Responses to 24-Hour Fasting and Mild Cold Exposure in Overweight Individuals”
https://diabetesjournals.org/diabetes/article/69/7/1382/39567/Metabolic-Responses-to-24-Hour-Fasting-and-Mild
アンナ・ボーゲンホルムさんの事例
ScienceAlert “This Is How a Norwegian Woman Survived The Lowest Body Temperature Ever Recorded”
https://www.sciencealert.com/this-woman-survived-the-lowest-body-temperature-ever-recorded
Hilmo J, et al. “Nobody is dead until warm and dead”
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0300957214005243
この記事は、公開されている資料をもとに、ChatGPTとやり取りしながら内容を整理したものです。筆者は医療や山岳遭難の専門家ではないため、内容には誤りや不十分な点が含まれる可能性があります。参考資料は記事作成時点で確認したものですが、リンク先の内容やURLは変更される場合があります。医療・遭難対策に関する正確な情報は、専門機関や公的機関の最新情報をご確認ください。
アカギの持つ狂気とは?赤木しげるについての考察
赤木しげるは、「アカギ」や「天」という漫画に登場するキャラクターのことである。
そんな赤木しげるだが、このキャラクターはいわゆる狂人というやつで、作品の中でも度々「悪魔」だの「悪鬼」だの「化け物」だの結構酷い言われ方をしている。確かにアカギは天才的な博打の才能を持っている。負けなしというやつだ。
しかし、その才能だけを持ってしてアカギは「悪魔」と言われているわけではない。その才能以外に、アカギを狂人たらしめているのは彼の精神性にあると私は考える。
例えば、彼はチキンランでアクセルを踏み込み崖からダイブしたことがある。しかもこれは、彼がまだ13歳の頃の話であり、はっきり言って頭がかなりおかしいと言わざるを得ない。
一応これはアカギなりの理があり、それに沿った行動であったのだが…。自分の理、自分の正しいと思った方向に問答無用にダイブできる精神性は異常としか言いようがない。
この時のアカギの理論としては、ブレーキを中途半端にかけるよりは全開でアクセルを踏んで海に飛び込んだ方が助かる可能性が高いというものだ。
なんでも、その飛び込んだ海は崖から少し離れると深くなっているから、飛び込んだ方が助かる可能性が高いとかなんとか…。
実際、チキンランの相手は、ブレーキを全くかけ無いアカギに気を取られるあまり、ブレーキを踏むタイミングを逃し、中途半端にブレーキを踏んだせいで崖に衝突して大怪我をした。
反対にアカギは、海へ突っ込んだおかげでほぼ無傷。確かにアカギの理論は正しかったのであった。
ただ、再度繰り返すがいくら正しいと思っていても、実際にそんなことが行えるだろうか?ブレーキを踏まない方が助かると頭では分かっていても、普通は恐怖心が優って、ブレーキを踏んでしまうのが人間というものなのではないだろうか?
それにもかかわらず、アカギは平気でアクセルを全開でふかす。こういった彼の精神性が、アカギを狂人たらしめていると私は思っている。
他にも、丁半博打の際に、ヤクザ相手に結果を捻じ曲げられ殺されそうになった時も(悪いけど具体的な詳細は省かせてもらいます)アカギは自分の博打の出た目を曲げず、このまま死んでも構わないという姿勢で突っ走った。
いくら自分が正しいと思っていても、その正しさを貫くことによって死ぬのであれば、自分の気持ちを捻じ曲げて迎合する人間は多いだろう。というよりも、私自身がそれである。
私は本当は正しいと思っている意見があっても「それを言うよって相手に嫌われるんじゃないか?」という気持ちから、小さなことでも心にもないことを言ったりやったりすることは多かった。
そういう面で見ると、アカギと私は反対のところにいるのだろう。
そして、こういったアカギの生き方(問答無用に自分が正しいと信じた方向へダイブする生き方)からは、強い信念を感じるのだ。
信念とは、自分の正しいと思ったことを信じて突っ走るような心といったようなことを指すが、チキンランの話や丁半博打の話を見ると、アカギは自分の信念を貫いた生き方をしていることがよくわかる。
しかし、こういったアカギの死をも厭わない行動や、自分の正しさを信じて死の淵にさえも突っ走る心はどこからきているのだろうか?
そして、一体何がその狂気じみた行動や心の基盤となっているのだろうか?
その疑問を解く鍵は、彼の生き様(あるいは死に様)から考察できると考える。
例えばアカギは、晩年アルツハイマーにかかって自死することを選ぶが、その際にも自分が自分であるうちに死にたいというようなことを話していた。
また、天での東西戦でも、勝負に対して赤木しげるとして勝って赤木しげるとして負けたいというような発言も見られた。
この二つの発言を見ると、アカギにとって大切なことは「自分自身であること」であると考えられる。実際、彼は自分が自分として崩壊する前に自死することを選んだ。
よって自分自身でいられないのであれば、死をも選ぶというのがアカギという男の本質だということが窺える。
通夜の際、原田克美との対話でもアカギから「成功が自分を縛ってくる」という旨の発言や、井川ひろゆきとの対話では「成功や名声、金といったものは飾り」という旨の発言があったが、この発言を見ても、アカギは自分が自分自身であることを大切にしていたことがうかがえる。
成功が自分を縛ってくるという発言には、成功することによって成功し続ける人生を強要されてしまうという意味がある。
その成功の強制力(縛り)が自分らしく生きることを妨げるとアカギは言いたかったのではないだろうか?
私は成功する人生とはそこまで縁があったわけではないが、この言葉の意味が少しだけわかる気がする。
これは、私が中学生の頃の話であるが、部活でスピーチの時間があってそこで一度面白いスピーチをしてみんなに笑ってもらったという機会があった。
初めはそれが嬉しくて、次回のスピーチも頑張って面白いものを考えようと前向きであった。
幸い、用意したスピーチは準備した甲斐もあってそこそこにウケていたと思う。
しかし、それが何度も続くにつれて「次も面白い内容を考えてこないと…」や「次に面白くないスピーチをしてしまったらどうしよう…?」と強迫観念や不安に駆られるようになった。
結果的に、私はスピーチをするのが嫌になってしまい、前のように積極的にスピーチをすることは無くなった。
原田の場合、ヤクザの組長でさらにはその組が大規模なものであることから、私のこんな小さな成功体験より、もっともっと成功を積んできたことが想像される。
しかし、その度に、その成功が先ほどの私のように成功し続ける強迫観念を産んでいたこともまた想像されるのだ。
成功が大きければ大きいほど、その恐怖や成功し続けなければという強迫観念は巨大なものへとなっていくだろう。
それをアカギは、成功が自分を縛ってくると表したのだと私は思う。
だからこそ、アカギは成功や名声、金などの一般的に誰もが羨み欲しがるものをただ「飾り」とだけ言い放った。
成功や金、名声によって「自分が自分であること」を邪魔されると思ったからだ。
成功し続けることによって、自分が自分であることを捻じ曲げ、成功し続ける人生を強要されるくらいならアカギは成功をあっさりと手放す。
実際、原田との対話の中でもアカギは、少し成功したら、あえてそれを崩すようにしてきたと発言している。
また、成功を余計・余分とも言い、成功が人を自由にしないとまで言い放った。これは、世間一般的な考え方からは大分離れた考え方だと思う。
小さい頃から、私たちは成功することがいかに素晴らしいことかを教えられてきた。
学生の頃から「勉強して良い高校・良い大学に入りなさい」や「良いところ(いわゆる大企業)に就職してお金持ちになったら幸せ」のような価値観を吹き込まれてきた人も多いのではないだろうか。
私もどっちかというとそっち側で、成功することこそ人生にとって大切なことという価値観がある。
「成功」「勝利」「金」「人からの承認」そういったものに酷く憧れがあるのも事実だ。しかし、先ほどのアカギの発言はどうだろう。
彼の発言からは、成功や勝利、金、他人からの承認なんかどうでもよくて、そんなものはただの飾りだという意思が汲み取れる。
むしろ、成功を余分なものとしてお荷物扱いし、さらにはわざと成功を崩してきたという彼の生き様は、全くもって私とは対照的である。
私は、アカギのように「自分が自分である」「自分らしく生きる」そのことのためだけに、成功してもそれをあえて崩すなんてことは簡単にはできない。
成功すればするほど、やっぱり原田克己のように、そして中学生の頃の私のようにそれに縛られ、脅迫されていくのだろう。
結果それによって、不安になり、自己嫌悪に陥るという悪循環のオンパレードとわかってはいてもだ。もし「大企業に入った」とか「年収1000万の仕事に就いた」とか「自分の作ったものがバカ売れした」とか、そこまで大きな成功を手にした時、私はその成功を手放すことはできるのだろうか?
私がその成功を手放すことがあるとすれば、それは成功によって身動きが取れなくなって、不安や強迫感に押しつぶされてやむなくリタイアするときになるのだと思う。
そこから回復するのにも随分と時間がかかるだろう。
そうとは知りつつも、私は成功を追い求めてやまない。成功したい。勝者になりたい。そういう憧れがあるのだ。
アカギのように、自分自身であるために、自分の命さえ捨ててしまえるような人間にはわからないことだろう。でもこれは、私に限った話ではない。
多分、世の中の多くの人が金やら名声やら、成功やらを追い求めてやまない。そんな人間から見た時、アカギのそういったものにこだわらないどころか場合によっては命すら平気で捨てていく態度を見て、アカギを狂人と言ったのだと思う。
最後にまとめるなら、アカギをアカギたらしめているのはその突出した才能ばかりではなく、「自分自身であるためならば、何を捨てたって構わない」という精神性にあるということ。
そして、その信念によって、普通の人では絶対にやらないであろうことをやってしまう生き様が彼を狂人たらしめているということなのだろう。
私はアカギのようには成れそうもないが、彼のように生きることができたらなという思いもある。
そして、ここまで長々と語ってきたが、結果的にはここに帰結する。
アカギ最高っ…!
夏休み最終日のむなしさといったら…。考えたくもない
どうも、学生の皆さん。
夏休みはエンジョイしましたか?
私は、バイトしかほとんどしておらず毎日憂鬱な夏休みを過ごしております。
大学生は夏休みが長いので、あと一か月くらいありますが小学校から高校の皆さんはそろそろ夏休みが終わるのではないでしょうか。
夏休みって終わることを考えると、それだけでとんでもなく空しくなりますよね。
今回はそんな思いをただただ共有したいと思っております。
課題が終わっていない
夏休み最終日になってまず直面する問題。
それは、課題が終わっていないということ!
私は高校の時は比較的早めに終わらせることが出来ましたが、小中学校は全くもってそんなことはできませんでした。
ちなみに、大学の夏休みの課題何にもやってませんねw
せっかく成長したのに、高校生のころから退化してしまったようです。
明日提出となると、流石にやるしかありませんが一日で終わらせるのは至難の業です。
とりあえず、答えをばれない程度に移しまくる始末。
最終日なのに、まったくもって有意義な時間を過ごせずに毎年何度絶望したことか…。
小学生の頃は、答えを移すことに罪悪感がありなるべく自分で解いていましたが高校生になるころには何のためらいもなく写すようになりましたね。
だって、そうしないと終わらないんだから仕方ないじゃん!?
学校が始まった時のことを考えて病む
明日が学校だ。
となると、私は学校がめちゃくちゃ大嫌いだったのでそれだけで憂鬱な気分になっていました。
次の日に授業を受けている自分を想像しては、気分が悪くなり妄想で気を病むという何とも言えない状況に。
あーあ、明日の10時ごろは学校にいるのか、そうか…。
といった具合ですね。
授業中に当てられて、問題に答えられない自分を想像して勝手に緊張する最終日です。
最悪としかいいようがないわい。
ただこれは、辞めようと思ってもやめられなかったのでどうしようもありませんでした。
学校に行かなくていい方法を探す
学校が始まった時のことを考えて、悲しい気持ちになった後は
どうやったら学校に行かなくてもいいかということを一生懸命考えました。
大体は知恵袋で学校をずる休みする方法を検索していましたね。
後は、夏休み最終日で病んでいる仲間を知恵袋で探して共感してました。
しかしながら、それだけにとどまらず今度は学校が爆発して登校しなくてよくなる妄想とか、自分が登校中にけがをして学校に行かなくてよくなる妄想を始める始末。
あとは、時間を止める方法や異世界に行く方法をインターネットで一生懸命検索しましたねー。
これは、バイトに行きたくないとき未だにやりますw
異世界に行ければ、行かなくてもいいんだ!!
とか、馬鹿なことでも考えてないとやってられんのですわ。
もう学校行きたくない病っていう病気があるならこういう状態のことを言うんでしょうね。
現実逃避
そして、最終的には現実逃避を始めます。
(いや、今までのも十分現実逃避だったけども。)
とりあえず、思考停止状態でYouTubeを見て気分を紛らわせてましたね。
明日学校があるという現実を忘れようと必死でした。
でも、ずっと緊張しているんで全然気も休まらず最低最悪の夏休み最終日を過ごすこともしばしば。
夏休み最終日の辛さと言ったら
地球ごと消えてなくなれー!!
と叫びたい気分でした。
大学で再試験になった時の話
どうも、こんにちは。
見事に大学の再試験に引っかかった経験を持つzisamaです。
今回は、そんな私が大学の再試験に引っかかった時のことを出来る限り具体的に語っていこうと思います。
本試験
まず、再試になる前に普通に皆と一緒に普通にテストを受けますよね。
その本試験を受ける前までは、高校までのノリで
レポート(課題)さえ出しておけば慈悲で再試にはならんやろ。
と本気で信じていました。
だからテストを受けている最中に
ぜんっぜんわからん!!!
と思う科目があり、少々焦ったにもかかわらず
再試にはならないよね…?
と謎のポジティブを発揮。
いつもは、しょうもないことでネガティブになるのにここだけ妙に前向きでした。
それが間違いだったということに、テスト数日後に気づかされるまでは。
再試験のお知らせ(1回目)
私の大学では、再試験のお知らせは基本的にメールか学校のホームページで行われていました。
なので、そのときもメールに
試験の結果をホームページに載せました。各自確認してください。
みたいな文面が数日後に送信されてきました。
私は、恐る恐るでしたがホームページを開き、該当のページをクリック。
自分の心拍数が上がっているのを感じます。
大丈夫とは思っていましたが、一応出来が悪かった自覚もあったため、妙に緊張していました。
そして、意を決してクリック!!
結果は…。
不合格
無慈悲!!圧倒的無慈悲!!!
一瞬現実が受け入れられず、本当に?
と何回も画面を見直したり、ページを更新しましたがどうやったって再試験を受けなければならないという現実は変わりませんでした。
しかも、ギリギリ再試験とかではなく、結構点数が足りていなかった模様。
く、くやしい…!悔しい…!
課題は出したじゃねえかよ、畜生!!
半ばパニック状態。
しかしながら、再試験を受けなければ間違いなく単位を落とすことになります。
ということで、私の大学生活初の再試験が実施されることが決定しました。
再試験のお知らせ(2回目)
1回目とあったことから皆さまお察しのことと思いますが、地獄はここでは終わりませんでした。
なんと、二つ目の再試験のお知らせがさらに数日後に届くこととなります。
その時は、一回目の科目よりも分からないなりにまだ自信があったので、今度こそ回避できたと思っていました。
試験の結果をホームページに載せました。各自確認してください。
との旨のメールが来た時も、今度は大丈夫だろうとドキドキしながら信じていました。
ただ、一度裏切られたダメージもあり、そう簡単には楽観視できないことも知っています。
ちょうど、その時は他の講義を受けている最中でした。
しかし、授業中だということなんかお構いなしに、スマホを立ち上げホームページにレッツゴー。
ここでも、心拍数をあげながらページをクリック!
果たして結果は…。
不合格
Oh,どうやら神は死んだというのは本当のことだったらしい…。
私は、ニーチェに激しく同意しながら絶望を味わいました。
しかも、1回目と違ってあと2点足りていれば再試験を回避できていた模様。
ワロタ…。
友達にテスト結果がについて聞かれて気まずくなる
私は、再試験になったことをどうしても隠したくて
テストどうだった?
と聞かれても、それとなくはぐらかして隠しました。
バレていたかどうかは知りませんが、恥ずかしくて言えなかったのです。
しかも、私の数少ない友人は誰も再試に引っかかっていなかったようで
何とかなってよかったわ。
などと言って来る始末。
ハハハ…。
と乾いた笑いでその場を乗り切ることに必死でした。
正直に言ってしまったほうが楽だったかもしれないと思わなくもないですが、実力の伴わないプライドの高さによって余計に苦しんだ夏でした。
再試験の日
再試験の日は、普通に8月17日とかお盆終わった直後だったと思います。
学校によるとは思いますけど、この日程だとおちおち帰省もしとられんって感じでした。
再試験は追試験(コロナなどの正当な理由で本試験が受けられなかった人)と一緒にやりました。
でも、再試験の人は右側で追試験の人は左側みたいな感じで席が分けられていました。
つまり、追試験の人たちには
こいつ、再試か。
と普通にバレたので辛かった…。辛かったぞー!!
再試験を受けた感想
再試験こそ下手な点数取ったら何を言われるかわからんと言うことで、それなりに真面目に勉強していきました。
再試験で落ちたら、留年か??
という不安もありましたし。
しかし、まさかの2科目とも本試験と全く同じ問題でした。
なので、一瞬で解き終わりましたとも!
お陰様で、留年の危機を回避できて助かりました。
あと、本試験の問題ちゃんと復習しておいてよかった!!
と強く思いました。
これが
本試験で出たからでんやろ。
とか言って復習してなかったら詰んでました。
ただ、これに関しては運が良かったとしかいいようがない。
だって、後期は再試験と本試験の問題が違っていたから!
たまたま科目の再試が本試験と同じ問題だったんだろう。
あとは、再試験を受けるために交通費が無駄にかかったことはデメリットだったと思います。
定期も切れてたし、遠いところから通っている人は再試祭りになると交通費もかかって、ダブルで苦しむ羽目になるかと。
今回私が再試になったときは、この2科目が同じ日にあったからまだ少なくて済んだけどね。
ただ、どっちも再試になってる人は少なかったようで1科目受けてほとんどの人が帰った中残っているの恥ずかしかったわ…。
本当に!
みんなも再試にならないように、ちゃんと勉強しておいた方がいいことがこの記事を読んでわかったと思います。
これは去年の話で、今年はその経験を活かして再試は回避できました!
後期もこの調子で頑張りたいところ。
それでは!
大学のテスト期間にレポート課題を鬼のように出すのやめてくれぇええ!
今回は、大学生の私が今回のテスト期間に強く感じた
レポート課題をテスト期間に出しまくるのやめてくれ!
問題について語ろうと思います。
私の場合、テスト期間前に計画を立てて2週間前から勉強するとか絶対にできないので、何とかしてかき集めた過去問をテスト前日にやります。
同じ人、挙手!
けど、過去問をやる前にそもそも明日のレポート課題をやってねぇやw
みたいなことって往々にしてありませんか?
今回のテスト期間の私はまさにその状態でした。
一個めちゃくちゃ多いレポート課題がありまして、まあそれも4月からコツコツやっていれば終わっているわけなんですけど、そんなことも出来るはずがなく。
全て6~7割くらいの完成度にしていた結果、全部で20枚くらい出さなきゃいけない教科のレポートの手直しをすることに時間がつぎ込まれ、テスト勉強どころではなくなりました。
さらに、他の教科のレポートも3つくらいありましたから、もう天に召される寸前でしたよ。
本当に。
睡眠時間40分とかいう、頭の悪い何の自慢にもならないことやっちゃいました…。
眠いとこんなに体調悪くなるんですね。
最低最悪です。
でも、ここまで多くなくても周りの大学生の話を聞く限りテスト期間にレポート出さないといけないという話はやっぱり合ったので、どこもそうなのかもと思った次第でございます。
そして、冒頭に戻る。
なんで、テスト期間にレポート課題なんか出すんや!?
わしらを落単させたいんか、ワレェ!!
レポート課題を出すのは良いんですけれども、テスト期間以外のところにしてくれませんか。お願いしますから。
このままだったら、再試確定科目ばかりなっちゃいますから、本当に…。
今のところ、再試のお知らせに引っかかった科目はありませんが、科目数もまあまあありますし、テスト期間もさっき言ったみたいにレポート課題に追われていたので、どこの科目で引っかかったかわかりゃあしません。
そうなったら、言いたい。
私が再試に引っかかったのは、私のせいじゃありません。
それは、私とレポート課題が壮絶な戦いを繰り広げた結果負ってしまった代償のせいなのです!!!
まあ、こんなこと言っていても明日は月曜日なんで、再試があった場合容赦なく再試のお知らせがメールに通知されますけどね。
再試があるだけええやん。
と思う人もいると思います。
確かに、それはそうなんですが予定とか立てられなくなっちゃうんですよ。
バイトもそうだし、どっか行こうにも
再試はいるかもしれんからな…。
と夏の予定が分からず困った、困った。
大体さ、友達とかバイト先に人とか家族にさ。
「あ、ごめん。その日再試入ったから無理です。」
とか言いたくねえよおおおおおおお!!
それもこれも、あのレポート課題のせいだ!!
そうだ、そうに違いない!!
私は悪くないぞおおおおおおおおおおお!
以上、現実逃避したいzisamaからのレポート課題への愚痴でした。
バイトが嫌すぎる!そんでもって行きたくなさすぎる件について!
大学生で最近バイトを始めたものです。
バイトって高校生から大学生まで結構多くの人たちがやっていますよね。
そんなバイトですけれども、バイトに行きたくなさすぎるのでそのことについて書いていこうと思います。
バイトを始めたきっかけ
欲しいもの買ったり、旅行に行ったりするためにお金を稼ぎたいという気持ちでバイトを始めた人も多いと思います。
ただ、私は今まで欲しいものなんかあんまりなかったので、何とかバイトを回避し続けていました。
とはいえ、携帯代とか大学までの交通費とかどうしてもお金はかかるんですよね。
それで、その辺のお金を親に払ってもらうのが申し訳ないのと、親も結構お金がかつかつっぽいので
「働け!」
とまでは言ってきませんが、なんとなくバイトしてくれオーラを発していたので、バイトを始めました。
バイトに行きたくない理由①目標がない
さっきも言いましたが、私は別に欲しいものがあるとか旅行に行きたいとかそういうモチベでバイトを始めたわけではありません。
だから
「お金を貯めて、これを買うぞ!」
みたいなモチベも当たり前ですがありません。
ただ生活のために必要な額を稼ぐのが目的なので、自分へのご褒美的なものもなく。
というか、そもそもそこまでしてほしいものもあまりなく…。
まあ、iPad欲しいかなー。
くらいの気持ちはあるんですよ。
お金あったら買いたいな。的な。
でも、それだったら月に5万稼いで極端な話バイトなんか止めちゃえばいいわけです。
携帯台とか交通費はそうもいかないのが現実。
あと、大学の学費も奨学金は借りてるんですけど、全額奨学金で払えるわけではないので
「いま立て替えとる分の学費もバイト代からいくらか出してほしい。」
と親に言われ、もう学費、交通費、携帯代、あと趣味の習い事のお金を払うだけのために働くしかない始末…。
バイト行きたくねぇよおおおー!
その② お金よりも暇な時間が欲しい
もちろんお金がないと、生活していけないですからバイトしなきゃあかんわけですが。
私は、最低限のお金があれば後は家でごろごろしていたい人間です。
そりゃあ、あまりにもお金がなくて毎日30円のそば生活とかは嫌ですよ。
けど、ある程度生活できるならもう家で暇をもてあそびたいわけです。
そもそも、外に行っても河川敷に散歩しに行ってお魚さんを見て癒されるくらいのイベントしかないので、お金もそこまで使いません。
だから、余計にバイトしたくないんじゃ!!
ただ、このある程度の生活ってやつを維持するのにもやっぱりそれなりに金がかかるんだろうな。
これから社会人にならなきゃならんと考えるとぞっとするぜ…。
その③ バイトの時間が長い
バイトで5時間とか聞くと、バイトし始める前までは全然いけそうだと思っていました。
ケド、実際にやってみると5時間ってまあ長い。
何でこんなに長いんだ???
と信じられなくなる。
一回だけ8時間で入ってみましたが、あまりの長さに悶絶。
絶対に8時間バイトは入らないようにしようと誓ったのでした。
ただ、これも社会人になったら週5でやらないといけなくなると思うと、先が思いやられます。
そりゃ仕事辞めてニートになりたくもなるわな。
神よ、せめて週4,いやもういっそのこと仕事は週1で生きていける社会にしてくれ!!!
その④ 豆腐メンタル&飽き性
私はなんでも間でも悲観的に考えるのが得意な人間(これでも昔よりはマシになった)なので、ちょっと心配なことがあるとすぐにそのことが頭から離れなくなってしまいます。
だから、バイトでもなんか出来なさそうなことが合って心配になると、バイトに行く前日とか数時間前からめちゃくちゃ嫌な気分になります。
もういやだ、もう行きたくない…。
とか独り言が勝手に口から出る始末。
風呂とか入ってると結構ありますね。
(きもいとか思わんといてー…。)
そんな精神性+飽き性なんですよね。これがまた。
中学の時も部活を結局二年生の時にやめましたし、なんか新しいこと初めても大体長続きしません。
直したいと思っていても全くもって治る気配もないので、そういうものだとして一生付き合っていくことになりそうです。
あーあ、どうしてこうなっちゃったかな。
その⑤ 人間関係がだるい
別にバイト先の人と仲良くなりたいとはそこまで思いませんが、冷たい態度で関わられると豆腐メンタルが発動して病みます。
すぐ気にします。
ということで、あの人と一緒に働きたくねえ。
みたいなこともあります。
もう嫌だよな。本当にさ。
バイト、今日も入ってるのに、ますます行きたくねえよ。
まとめ
バイトに行きたくない理由をつらつら語ってみましたが、これが社会人になったら週5×8時間で40年以上続くとなると頭おかしくなる自信しかない。
そして、現実に直面したくない!!
以上、ここまで読んでくれてサンキュー。
私が中学生の頃に教科書をなくしたときのはなし
今回は、中学生の頃に教科書をなくしてしまった時の話でもしようと思います。
今となってそんなこともあったなー。
程度ですが、その当時は結構焦りましたね。
だって、明日使う教科書ねえよ!!どうすんじゃい、コノヤロー!
ってキレ散らかしながら鬼の形相で探し回っても見つからなかったんだからさ…。
そもそもなんでなくしたのか?
簡単な話です。
整理整頓ができなかったから!
これに尽きると思います。
でも、いまだって整理整頓なんてあの頃と大差ないくらいできませんから昔の自分を注意することなんてできませんが…。
そんな私は、案の定教科書をなくしたんですよね。
まあ、ちらかすのは得意技なので、定期的にどこへ行ったか分からなくなるものの、しばらく探せば目当てのものは見つかるのが大体なので、流石にこの時は焦ったってばよ。
どんなに探しても出てこないし、中学校卒業後教科書を整理していたときにも見つからなかったんで、多分誤って捨てたor母に誤って捨てられたのだと思っております。
教科書をなくした1回
1回目とあることから、皆さんお察しのことと思いますが、私は一度ならず二度までも教科書をなくしております!
全然自慢できるようなことじゃないですけどね。
そんな私が最初になくしてしまったのは、音楽の教科書でした。
なんだ、音楽か。じゃあ、なくてもよくね?
と思ったかもしれませんが、甘いぜぇ!
なぜか当時の音楽の先生は厳しい人で、授業が始まる前に毎回教科書を持ってきているかチェックする人だったのです。
ちなみに、友達に借りればいいと思った方もいるかもしれませんが、これもだめでした。
なぜなら、教科書の名前が見えるようにしてチェックされるからです。
そして、自分の名前でない人の教科書を持っていたとしても普通に減点されました。
ワロタw
借りたんだから、いいだろうがよ!
と言いたいところでしたが、買うしかなかったので買う羽目になりました。
ちなみにどうやって買ったかというと、近くの書店で
この教科書買いたいんですけど、買えますか?
って聞いたら取り寄せ可能とのことで、本屋さんに取り寄せてもらって買えました。
ただ、教科書もものによっては書店じゃ取り寄せられないものもあるんじゃなかったかな…。
たまたま本屋さんで取り寄せ可能なやつでよかったぜ。
教科書をなくした 2回目
二回目に無くした教科書は技術の教科書です。
この時は、自分で買わずに学校の担任の先生に言って買いました。
自分で買えるんだったら、絶対に自分で買っていると思うのでおそらく書店では購入できなかったのだと思います。
ちょっとばかし昔のことなので、記憶に自信はないですけど…。
ただ、担任の先生に教科書をなくして買いたいと言ったときは
本当にないの?もうちょっとちゃんと探してみて。
と言われたので、一生懸命探しましたがありませんでした…。
しかも、そのときちょうどテスト期間だったので
本当になかったの?
と言われた後に
昨日30分くらい探したんですけどありませんでした。
って言ったら
その時間テスト勉強にあてればよかったのに。
と言われたことだけは印象に残っております。
いや、ちゃんと探せ言うたやんか!!
と思ったのを覚えておりますw
だって、教科書なくなったらおちおちテスト勉強なんか手につかんわ!
もういいから、とっとと購入させてくれ!
それに、探せって言われたから捜したんやんけー!
と今思い出しても思うのであった…。
(そりゃ、客観的に見たらテスト勉強したほうがいいのは分かるんだけどさ。私はどうも合理的に動くのが苦手なときがあるのだよ。)
まとめ
教科書を無くすと普通に困るし、精神衛生上良くないのでちゃんと整理整頓して無くさないようにするのがベストですね。
ただ、それが分かっていてもいまだに整理整頓がちゃんとできていない私は、やっぱり合理性に欠けていますね(笑)
教科書を絶賛無くして困っている人は、まずは書店やAmazonなんかで取り寄せ可能なものなのかを最初に調べるのが良いと思います。
先生に「なくしました!」というのは抵抗がありますからね。
それでも取り寄せが出来なかった場合は、私のように先生に直接言って学校で取り寄せてもらいましょう。
これ嫌だったんで、出来るだけやりたくなかったですけどね…。
それじゃ、今回はこの辺で!